お爺さんとお婆さんと柴刈機と洗濯機と桃太郎と金太郎と鉞と銀の斧と女神と悪魔と雷神と凧と涙と青鬼と金棒と錫杖と矛と盾と嘘吐きと詐欺師と山師と山姥と御札と結界と堤防と親指姫とお椀と針 と茨と薔薇と桜と死体とゾンビと妖怪と吸血鬼と妖精と洞窟と尖塔と空飛ぶ絨毯と魔法のランプと魔神 と巨人と小人と馬と茹で卵と金の卵と銀の弾丸と鉄砲と猟師と赤頭巾と子ヤギと子羊と葡萄と狐と麦と豆の木と雌鶏と犬と猫と鼠と笛吹きと機織りと石臼と栗と蟹と泡と毒と林檎と鏡と櫛と弓と扇子と天狗とカラスと河童と兎と鮫と狸と狼と少年と乞食と王女と継母と美女と野獣とライオンと蟻と 驢馬とキリギリスと駱駝と白鳥とアヒルと熊とミツバチと蜘蛛と風車とカボチャと馬車と靴と草鞋と蓑と笠と地蔵と仏像と銅像と石碑 と立札と橋と弁慶と鶴と亀とアキレスと忍者とツバメと梟と呪文と盗賊と風呂と下駄と旅人と画家と線路と機関車と煙と雲と北風と月と砂漠と異教徒と猿と坊主と屏風と虎とバターと鯨と緑の豆とおかめと間男と不眠症と姫と浦島太郎と箱と探偵とスパイと 胡椒と珈琲とチーズと坂道とおむすびとサンドイッチといかさまと土左衛門と無人島と恐竜と化石と財宝と海賊と大統領と狙撃者と乳母車と厩と藁と案山子と虹と自転車と池と蛙と埴輪と土偶と泥舟と奴隷船と大砲とテロと死 神と蝋燭と花火と鞄と娘と人参と蓮根と拳銃と金庫とトンネルと迷路とドラゴンとその他の人物・動植物・無生物・キャラクター・団体・組織・事件が登場する原典が全て実在しているとは限りません。
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「今日からあんたが乗せてくれよ」と熊が言うと、馬は「別に構いませんよ」と快諾した。
そんなわけで、禁太郎と河童の姫は馬の背に仲良くまたがっている。ぽっくりぽっくり。
熊には猿が乗っている。のっしのっし。犬神の背には×××姫。すたすたすた。
道中、河童の姫がいろんな話をした。自分が姫と呼ばれているのは大金持ちの娘として生まれたせいであり、河童の社会は王制ではないこと。河童は衣服を着ないこと。河童の雌が気に入った雄を追いかけて抱きつくのは普通だということ。などなど。
ぽっくりぽっくり。のっしのっし。すたすたすた。
猿は、河童の次になまかになるのは、やっぱり猪だろうなと予想していた。しかし、あの鹿の話から、あの勇敢な姫の話につながらなかったことが、どうも腑に落ちない。伏線が何本も張ってあったんだけどな。今こうして俺が考えているということは、このネタは没になったということか。残念だなあ。
ぽっくりぽっくり。のっしのっし。すたすたすた。
夜になった。
ぐーぐーぐー。すやすやすや。むにゃむにゃむにゃ。
もぞもぞもぞ。はあはあはあ。あっあっあっ。
こそこそこそ。ちくちくちく。あっ、いたいっ。
夜が明けた。禁太郎は目を覚ました。きれいに畳んだジーンズはあったが、腹掛けが見当たらない。河童の姫は静かな寝息を立てている。ジーンズをはいて、あたりを捜していると、朝もやの中から×××姫が現われた。禁太郎の腹掛けを持っている。禁太郎は、×××姫が黙って右手で差し出した腹掛けを受け取った。
綻びたポケットが、不器用に繕ってあった。
「直してくれたんだね。ありがとう」
そう禁太郎が言うと、×××姫は右手を差し出した。
「そういえば、禁太郎飴をまだあげていなかったよね」
×××姫は何度も頷いた。
「でも、困ったことに、何が好物なのか全然見当もつかないんだよ…」
すると×××姫は、こう言った。
「××××××!」
「あっ、そうか。その手があったか」
禁太郎は、腹掛けから禁太郎飴を取り出した。
「ほっぺたのところには、××××××が入ってるよ」
×××姫は喜んで、禁太郎飴を食べ始めた。よほど××××××が好きなのだろう、夢中になって、ずっと背後に隠していた左手を出している。その指には包帯が不器用に巻いてあった。
×××姫が繕ってくれた腹掛けを見ながら、今までよく分かんない人だと思ってたけど、いいとこあるんだな、と思っていると、×××姫が腹掛けの下の方を指差して、厳かにこう言った。
「禁×袋!」
やっぱりよく分かんないな、と禁太郎は思った。
“他一篇”は、18:30頃から、適当なBGMを思い浮かべながらお読みいただくと、気分が出ます。
昔、物ぐさ太郎という若者がいたそうだ。どのくらい物ぐさかだったのかと思って「御伽草子」を読んでみたところ、こんなことが書いてあったので驚いてしまった。
ただし、名前は物くさ太郎というけれども、家のつくりは立派なものであった。家の周りは屋根付きの土塀で囲んで、三方には門を作り、東西南北には池を掘って、島までこさえて松や杉を植え、島から架けた反り橋の欄干には宝玉の飾りを付けて、その構えは実に大したものだった。侍の詰め所、渡り廊下、池を望む別館、宮中のような梅壷、桐壷、籬が壷なんていう中庭にいたるまで、百種類の花を植え、広い本館の屋根は神殿のように檜の皮で葺いて、天井には金糸銀糸を織り込んだきらびやかな絹織物を張って、屋根を支える材木や天井の格子には金銀を打ちつけて、窓には仏殿の飾りのように豪華な簾をかけて、馬小屋や侍の詰め所にいたるまで、格別に飾りたてて住みたいものだと心の中では思ったけれど、いろいろ予算が足りなくて、ただ竹を四本立てたのに菰をかけて住んでいるのだった。
何だこりゃ。原典がこんなに面白くては何もいじれないじゃありませんか。
住宅がそんなふうだから、当然、衣と食も悲惨なことになっている。
このように住まいのつくりは悪いとはいっても、手足の垢切れ、ノミ、シラミ、肘の苔にいたるまで足りないということはない。元手がないので商いもせず、作物を作らないので食べ物もない。四五日の間に一度も起き上がらずに寝て暮らしていた。
早い話が、ダンボールハウスにニートが寝転がってるようなものだ。(ここまで適当に逐語訳をやってきたけれども、以下は適当に要約する)
あるとき、親切な人が餅を五つくれたので、待ってましたと四個食ってしまった。残りの一個は次に誰かが何かをくれるまで大事に取っておこうと思って、寝転がって弄んでいた。そのうち手が滑って餅が大通りまで転がっていった。物くさ太郎は拾うのも面倒だ、そのうち誰か通るだろうと思って、竹竿で犬やカラスを追っ払いながらずっと待ったが誰も来ない。
三日後、あたらしの郷の地頭、左衛門尉のぶよりという人が通りかかった。小鷹狩りの帰途で五六十騎のお供を引き連れている。それを見た物くさ太郎は、そこの餅を取ってくれと言ったが、耳も貸さずに通り過ぎて行った。馬から下りて拾ってくれるぐらい簡単なことじゃないかと思い、「ああ、ひどい殿だ」と腹立ち紛れにつぶやいた。それを聞いた左衛門尉は腹を立て「物くさ太郎とかいうやつは、おまえか」と言う。「そうです」「お前はどうやって暮らしているのか」「人が何かくれた時は何でも食べます。くれないときは四五日でも十日でも、ただ空しく過ぎます」「不憫なやつだな。土地を耕して暮らせ」「土地は持ってません」「ならば与えよう」「面倒くさいので欲しくありません」「商いをして暮らせ」「元手がありません」「与えよう」「今さら不慣れなことはできません」「困ったやつだな。それなら助かるようにしてやろう」と言って、以下のようなお触れを出した。
この物くさ太郎に、毎日三合の飯を二度食わせて、酒を一度飲ませること。これができない者は領内に住んではならない
これを見た百姓たちは「そんな無茶な」と思ったが、三年間、物くさ太郎を養った。
しかし、さすがに三年もの間、ただで食わせてやるほど甘くはない。国司から、長期間の使役を一人割り当てられたので、百姓たちは相談して、物ぐさ太郎にやらせようということになった。
「物くさ太郎さん、重大な夫役に当たってしまいました。助けてください」「それは何ですか」「長夫というものが当たったのです」「それは何尋ぐらいの長さの物ですか」「いやいや、そのような長い物じゃなくて、私たちの中から選んだ人を都に上らせて仕事をさせることを長夫というのです」
このようにして、あれこれと説得するけれども、物ぐさ太郎はなかなかうんとは言わない。そこで、ある人が「都の人は田舎の人よりも情が厚い。どんな人でも嫌がらずに夫婦になるという慣わしがあります。都に上って情深い心をもつ人と一緒になってみませんか」などと言いくるめて、物ぐさ太郎をやっとその気にさせた。百姓たちはみんな大喜びで旅費を出し合って、物ぐさ太郎を都に送り出す。
この後の話がさらに凄いのだが、今日はここまで。
転がった餅を拾うのも億劫がるような物ぐさ太郎が、わざわざ京へ行って働こうと決心したのだから、これは並み大抵のモチベーションではなかっただろう。
七日かかって京に着いた。物ぐさ太郎が「私は信濃の国から参りました長夫でございます」と言うと、人々は「あれほど黒くて汚げな人も、この世にいるもんだ」と笑ったが、大納言は「どんな風体でも真面目に仕えるならよいだろう」と言って働かせた。
都の様子は信濃の国とは比べようもなく興味深く尊いものだった。太郎は少しも面倒くさそうな態度を見せなかった。これほど真面目に仕える者はいないと、三ヶ月のところを七ヶ月に延長され、ようやく十一月になるころに暇をもらって国に帰ることになった。
意外なことに、仕事は真面目にやっている。おそらく、お楽しみは最後までとっておくタイプの人間なのだろう。
宿に戻り、「都に上るときには、良い女房を連れて帰ろうと言ったのに、一人で帰るのは、あまりにさびしい」と思って、宿屋の亭主に「私のような者の妻になろうという女を一人さがしてください」と言ってみた。すると亭主は「どんな者が、あんたの女房になるだろう」と笑ったが、「さがすのは簡単だが、夫婦になるのは大変なことだ。色好みをさがして呼ぶのがいい」と言う。「色好みとは何のことだ」「主のいない女を呼んで料金を支払って逢うことだ」「それなら、呼んでください。帰りの小遣いが十二三文あるので」
宿の亭主は、こいつほどの愚か者はいないと思って、こう言った。「そういうことなら、辻取りをしなさい」「辻取りとは何のことだ」「男もつれず輿車にも乗っていなくて見た目がよく自分の気に入った女房を取ることだ。天下の御ゆるしで、そういうのがあるんだ」「そういうことだったら、取ってみよう」「今日は縁日があるから、清水に参って狙うといい」
要するに、金がないやつは人の集まるところへ行ってナンパしろということだ。
十一月十八日のことなので冷たい風が激しく吹いている。そんな中で、信濃にいたときから着古した何色ともいえず模様も見えない麻布の帷子を、荒縄を帯にして着て、踵のない物ぐさ草履の破れているのを履き、呉竹の杖をついて、鼻をすすりながら清水の大門に立ちっぱなしで大手を広げて待っていると、参拝帰りの人々は恐ろしがってみんな避けて通る。近づく人は一人もいない。このようにして朝から日暮れまで、あれも駄目だ、これも駄目だと決めかねているところに、一人の女が近づいてきた。
まさか、そんな物好き(物ぐさ好き?)がいるとは思わなかった。この女、一体何者なのか…。
【店主より】
ここまでは原典の筋を追ってきましたが、この先はとんでもない展開になっています。それをただ要約してもつまらないので、次回からは残念な味つけをする予定です。原典を味わいたい方は、どうぞ『御伽草子』を読んでください。
ピンクの豚が川面を眺めていると、×××姫がやって来た。
「何を見てるの?」
「……」
猿と熊と馬と禁太郎と河童の姫も集まって来た。
「何だ何だ」「どうした?」「何かあったんですか」「あっ、この感じは…」「デジャヴ?」
その背後から、犬神の声がした。
「今、一つの世界が消滅した」
「それは一体、どういうことですか?」
「正確には、一つの可能性が閉ざされたと言うべきかもしれない」
「もっと分かりやすく言ってよ」
「ここで、ある男が新しい仲間になるはずだった」
「新しいなまか?」
「そうだ。ところが、その男が跡形もなく消えてしまった」
「死んだんですか?」
「いや、生きている。別人としてだが」
「元に戻せばいいじゃないですか」
「もう無理だ。その別人が本来の姿だったのだから」
「なぜだよ。やってみなきゃ分からないだろ!」
「何万回やってみても、結果はどれも同じだろう」
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
「君は、私に禁太郎飴をくれなかったね」
「そういえば…。うっかりしてました、すみません」
「いや、それでいいんだ。私が禁太郎飴を食べた世界は、全部消えてしまったのだから」
「えっ……」
「つまり、そういうことなんだ」
「そんなのは、ただの偶然じゃないですか」
「そうだ」
「偶然なら、消えないことだってあるでしょう?」
「もちろんだ。だから今、我々はここにいる」
「じゃあ、その男が消えない場合だってあるはずです」
「いや、それはないんだ」
「訳が分からないな」
「その男が消えたのは必然だった」
「なぜ、そんなことが分かるんですか」
「作者が最初からそのつもりで彼を登場させたからだ」
「何のために?」
「我々に警告するためだ。戦いに敗れたときには、こういうことになる、と」
その場の全員が、疑わしそうな目で犬神を見ている。
「作者がそこまで考えているなんて信じられない、という顔をしているな」
犬神の顔に、動揺の色が滲み出てきた。
「では、こうしよう。君たちの持っている玉を見せてくれ」
禁太郎が玉を出した。「禁」の文字が浮かび上がっている。
河童の姫が玉を出した。「金」の文字が浮かび上がっている。
ピンクの豚が玉を出した。「矢」の文字が浮かび上がっている。
「ここまでは既出だな。他の三個を見れば、作者の意図がはっきり分かるだろう」
熊が玉を出した。「熊」の文字が浮かび上がっている。
猿が玉を出した。「猿」の文字が浮かび上がっている。
馬が玉を出した。「馬」の文字が浮かび上がっている。
「何も考えてないじゃん!」
全員に突っ込まれた犬神は、大きく息を吸って、長く尾を引く遠吠えをした。
さっきからどうも口数が少ないと思ったら、禁太郎たちは河原に座り込んで何事かに打ち興じている。
ヽ大法師「あいつら、何をやってるんだ?」
八房「さあ…」
ヽ大法師「花札でもやってるのか」
伏姫「手に手に鼻紙入れのようなものを持っていますが…」
ヽ大法師「おっ、何だか面白そうだな。俺にもやらせろ」
八房「おいっ。そんなものに手を出すと、大変なことになるぞ!」▼ ピンクの豚が踊りを踊った!
そのようなわけで、禁太郎たちの物語はしばらく進みそうもない。念のために言っておくが、今回手抜きをしたように見えるのは、ネタ切れになったからだ。作者が鼻紙入れのようなものにうつつを抜かしているなどというようなことは断じてない。第一、鼻紙入れのようなものなど持っていないのだ。もしも、鼻紙入れのようなものを持っていたら今ごろどんなことになっていたか…。想像するだに恐ろしい。
ジョナサンの私生活には謎が多い。14歳年下の“ステラ”という愛称の女性をダブリンに呼び寄せ、ロンドンでは24歳年下の“ヴァネッサ”という愛称の女性とも付き合っていたらしい。そのヴァネッサがダブリンにやって来ると、ジョナサンは急にステラと結婚する。その後それをヴァネッサが知ったために修羅場となったことはよく知られている(*1)が、実はそのほかにも“ミナ”という妻がロンドンにいた可能性がある。
ある作家の小説に、ジョナサンの日記が引用されている。ジョナサンと同じダブリン生まれのその作家は、何らかのルートを通じてジョナサンの日記を入手したのだろうと推測できる。部分的な引用なので、書かれた年など詳しいことは分からないし、姓が“スウィフト”から“ハーカー”に変えられているが、その内容を読めば、『ガリヴァー旅行記』を書いた人物の日記であることは疑いようがない。
その日記には、ジョナサンの旅行の様子が克明に記録されている。わざわざ速記文字を使っているのは、他人には知られたくない内容だったためだと考えられる。しばしば“ミナ”という妻の名が書かれていることは、十分にその裏付けになるだろう。
どういう経緯があったのかは(引用された今までに読んだ範囲には)記されていないが、トランシルヴァニアの城に住む伯爵に招かれて、ジョナサンはロンドンから東ヨーロッパまで旅をすることになった。旅立つ前に、トランシルヴァニアに関する参考書と地図を入念に調査しているところが、いかにもジョナサンらしい。旅が始まると、刻々と変化する車窓から見た風景や食事の内容が事細かに記録されている。眺望の変化と新鮮な食材に乏しい船旅とは違って、ジョナサンが旅を大いに楽しんでいる様子が伺える。
しかし、東ヨーロッパに入り、伯爵の居城に近づくにつれ、少しずつ不安の影が忍び寄ってくる。
まず、東欧に入ってすぐに宿泊したホテルに関する記述に、「ゆうべはひと晩じゅう、なんだか雑多な妙な夢ばかり見て、おちおち眠れなかった。」(*2)とあるのは注目に値する。残念ながら夢の内容には触れられていないが、ジョナサンがそれを書かなかった筈はない。おそらく夢に関する記述は引用の際にカットされたのだろう。
その後、伯爵に指定された宿屋で一泊し、伯爵に指定された乗合馬車で山道をひたすら進む。宿屋の女将や乗合馬車の乗客たちの妙な言動に、ジョナサンは不吉な予感を抱き始める。夜更けになり、峠で伯爵からの迎えの四輪馬車に乗り換えると、急に寒気がしてきた。
馬車は同じ場所を何度も回り、村々の犬たちは遠吠えをし、馬は脅え、狼まで咆哮し、烈しい夜風が鳴り、枝が音を立て、粉雪が降り積もり、闇の中に青い火が浮かび、馭者は飛び降りてどこかへ行き、ジョナサンは恐怖を覚え、どうやらこれは夢ではないかという気がして、月が出て、馬車を取り囲んだ狼が一斉に哮え、馬は跳ね上がり、馭者が狼を追い払い、月が雲に隠れ、馬車は闇の中をひた走り、荒れ果てた大きな城の中庭に入った。
(*1)『ガリヴァー旅行記』(スウィフト 作/平井正穂 訳/岩波文庫)の「解説」を参照した。
(*2)『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー 著/平井呈一 訳/創元推理文庫)より引用。以下、ジョナサンの日記の内容は同書による。
さっさと帰ればいいのに、ジョナサンはまだ伯爵の城にいる。伯爵を鏡に閉じ込めたことで油断したのだろう。一度だけ、ホーキンズのことを思い出して手紙を送ったようだが、伯爵に無理やり書かされた二番目の手紙(「明日出発する」という内容で、日付は六月十九日)を、そのまま別の封筒に入れただけというなおざりなもので、その後は手紙のことなど、すっかり忘れてしまっている。
ジョナサンの“妻”(実はまだ婚約者)であるミナの日記によると、その手紙を転送してもらって読んだのは、七月二十六日。内容は「今帰国の途にたつ」というもので、ミナにとっては、文面の微妙な食い違いは問題ではなく(そもそもそれを知る由もない)、ジョナサンらしくないそっけない書きぶりだったことの方が問題だったようだ。
もしかすると、今ごろジョナサンは帰国の途中で船に乗り、いつものように嵐に見舞われて変てこな島に漂着しているのかもしれず、あるいは夜な夜な現われる三人の若い女たちにたぶらかされ、いまだに城の中にいるのかもしれない。もちろん、ミナはそこまで具体的なことまで書いていないが、漠とした不安をいだいていることは日記の文面から読みとれる。
城に残ったジョナサンは伯爵の書斎にこもって膨大な蔵書を読み耽っていたと考えるのが妥当な線だろう。当然、ジョナサンの日記には、そのことが詳しく記されている筈だが、ブラムの小説とは無関係な記述であるため、ばっさりカットされている。
しかし、ジョナサンは、ミナ宛ての手紙を一通も出さなかったようだ。いくら何でも、婚約者への手紙を忘れてしまうというのは不自然すぎるだろう。後に、ミナと再会した時に、ジョナサンが記憶喪失になっていることも不自然だ。記憶喪失のふりをして、何かを隠していたと考えた方が筋が通る。ジョナサンは、この間、一体何をやっていたのだろうか。
ヴィクターは、ジュスティーヌとウィリアムを捜し出して、服を着せ、靴を履かせた。二人ともとても喜んだが、ヴィクターのことを何一つ覚えていないことが寂しい気がした。そこで、家へ連れて帰った。何か思い出すのではないかと思ったのだ。
ここでみんな一緒に暮らしていたことを話して聞かせたが、二人はまるでおとぎ話を聞いているような顔をしていた。一度失われた記憶を取り戻すことはできないのだろうか…。ヴィクターはそう考えて、あきらめかけていた。そこへ、一人の男が訪ねてきた。
それは、ジョナサンだった。
「あの怪物に騙されてはいけない」
「あなたは一体誰なんですか?」
「君たちを遠くから見守っていた者だ。みんな、早く逃げるんだ」
「どこへ?」
「今は時間がない。とりあえず酒場へ行こう」
「酒場?」
店主が困った顔をしている。
「ここは、お人好しのオヤジがやってるマジックバーじゃないんだけど」
「とりあえず、ここしか思い付かなかったんで…」
「で、御注文は?」
「そうだな、『死者の書』を一冊」
「あいにく、あの本はもう図書館に返しちゃいましたよ」
「えーっ?」
「そんな顔しないで。また借りてくりゃいいんでしょ…」
店主は出て行った。
ジョナサンは、ヴィクターに言った。
「あの怪物は、君の大切な人たちの命を狙っている」
「何ですって?」
「そうやって、パスタ脳の仲間を増やそうと企んでいるんだ」
「ああ、何てことだ!」
「君たちさえ姿を消してしまえば、やつには何もできない」
「でも、それでは…」
「大丈夫だ。君がいなければ、君の大切な人を殺すことには何の意味もなくなるんだ」
「でも、あいつはどこまでも追いかけて来るのでは?」
ジョナサンは、自信たっぷりに、こう言った。
「君たちには、まず名前を変えてもらおう」
ジョナサン・キャロルは、ヴィクター・フランケンシュタインにこう言った。
「君は今日から、フランクだ。マルティン・フランク」
無理やりこじつけたな。
「ジュステーヌは、アンネ・フランク…」
おいおい、それは違うだろ。
「あれ? アンヌだったかな…」
それも違うって。
「アンナ・フランス。マーシャル・フランスの娘だ」
やっぱり、そうなるよね。
「そして、行き先は、新大陸アメリカだ」
ウィリアムの名前は…?
そこへ、店主が帰ってきた。
「いやあ、何故か分からんけど、あの本は貸し出し中だったよ」
「えーっ!」
「その代わりに、これを借りてきたんだけど…」
それは、こんな書き出しの本だった。
彼(カ)の人の眠りは、徐(シズ)かに覚めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え圧するものゝ澱んでゐるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。
『死者の書 身毒丸』(折口信夫 著/中公文庫)
そんなわけで、酒場の奥で作者が頭をかかえている。
「いくら何でも、無理だよ、これは…」

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