昔、昔、ある国の王女が、たいへん困り果てていました。
「ああ、こんなドレスを着てパレードをするなんて、やっぱり私にはできないわ」
夜が開ける前に、王女はこっそりお城を抜け出して、行くあてもなく歩きはじめました。
同じころ、隣の国の王子は、すっかりうつけたような表情をして街をさまよっていました。
「ああ、あの舞踏会の娘は、いったいどこへ行ってしまったのだろう…」
忽然と姿を消した娘のことが忘れられずに、毎日毎夜、昼も夜もなく、街中を尋ね歩いているのです。どこの家に行っても、あの娘はいません。それどころか、自分は王子だと言っても誰も信じてくれず、陰では笑い者にしているようです。おまけに、今夜は犬に吠えたてられ、逃げようとしたところを尻に咬みつかれ、白タイツを食いちぎられてしまいました。こんな姿でうろうろしているところを人に見られたら…。とにかく、明るくなる前にお城に帰らなくてはなりません。
ところが、街はずれに繋いでおいた白馬がいなくなっています。
「なんてことだ。これでは朝までに帰れないじゃないか!」
王子が頭をかかえていると、どこからともなく魔女が現われました。
「何だか困っておいでのようだねえ…」
一方、隣の国の王女は、こうなったら森の中に隠れるしかないと思いました。ほの暗い森に足を踏み入れて、しばらく歩いていると、落ち葉の積もった地面に、うっすらと白いものが見えました。近くまで行ってみると、若い娘が裸でうつぶせに倒れていました。
貧しくて服も買えない乞食というものがいるとは聞いていたけれど、まさかこの国にいるとは思ってもみませんでした。王女は、木の枝を拾ってきて、恐る恐るつついてみました。
すると、乞食娘は「うーん」と唸って、寝返りをうちました。その顔を見て、王女は驚いてしまいました。乞食娘の顔は、王女と瓜二つだったのです。
世間知らずの王女も、さすがにかわいそうな気がしてきました。そこで、お城に連れて帰って、服を着せてやろうと思いました。
「さあ、早く起きなさい」
白馬を失ったかわりに白タイツを手に入れた王子は、とぼとぼとお城への道を歩いていました。何か大事なことを忘れているような気もしましたが、何だかよく分かりません。親切なお婆さんが何か言っていましたが、頭がぼんやりしていて思い出せません。
「おなかがすいたなあ…」
ポケットをたたくと、ビスケットが一つ出てきたので、それをむしゃむしゃ食べました。
王女が、衣装部屋に連れて行くと、それまでぼんやりしていた乞食娘は、あのドレスを見て目を輝かせました。
「あんた、これが見えるの?」と、王女がたずねると、乞食娘はこっくりとうなずきました。
王女は、自分に見えないドレスが乞食娘には見えることに腹を立てていましたが、ふと、いいことを思いつきました。この乞食娘をパレードの馬車に乗せてやろう。そうすれば、もう逃げたり隠れたりしなくてもすむ。我ながらこれは名案だと、王女はにんまりしました。
ポケットを叩いてはビスケットを食べ、ビスケットを叩いてはビスケットを粉々にしてしまったりなどしているうちに、王子はおなかがいっぱいになりました。街外れの草むらの中で、王子はごろりと横になって一眠りしました。
王女に扮した乞食娘のパレードを、街中の人びとが見物しています。その様子を陰からこっそり伺っていた本物の王女は、口惜しくて仕方ありません。あのドレスが見えない人が一人もいないとは思ってもいなかったのです。こんなことなら自分で着てパレードをすればよかった。そう思ってみても、もう後の祭りです。
パレードが隣の国に入ったあたりで、一人の若者が「王女は裸だ」と叫んで、街中が大騒ぎになりました。これを見て、本物の王女は、やっぱり自分じゃなくてよかったと胸を撫で下ろしました。しかし、そのすぐ後で、その若者が実は隣の国の王子で、どうやら王女に一目惚れして街中を捜し回っていたらしいと聞くと、ああやっぱり自分だったらよかったのにと、地団駄を踏んで悔しがるのでした。
そして、行き場のなくなった本物の王女は、あの娘が倒れていた森の方へと歩いて行きました。

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