第一の鼠の話

 ――いつの夜のことだか分からなくなってしまったが、語り姫は、次のように話を続けた。

 おお幸多き王様、そのようなわけで行商人は、夜更けになってから、やっと町にたどりつきました。疲れと眠さでふらふらになりながら、とにかく一晩だけ宿に泊まろうと思いましたが、開いているのは酒場だけでした。そこで行商人は仕方なく、その酒場に入って行きました。
 「いらっしゃい。ご注文は?」
 「酒はいらないから、とにかく何か食べる物を」
 すると、店主はこう言いました。
 「あいにく当店には、飲み物と食べ物はありません。お客さんにお出しできるのは読み物だけです」
 行商人はカウンターで早くもうとうとしながら注文しました。
 「もう何でもいいや。ぐっすり眠れるやつを頼むよ」
 「かしこまりました」
 そこで店主は、店の奥から埃をかぶった一冊の本を持って来ました。

 ――そして、語り姫は退屈の限り退屈な話を語り始め、不眠症の王様は眠気を催してきた。ところが、もう少しで王様が眠りに落ちそうになったとき、酒場の中で、突然、女の悲鳴が上がった。眠りかけていた王様が目を覚まして何事かと見ると、酒場のトイレから飛び出した女が、鼠が出たと騒いでいる。どうやらパニックになっているようだ。そのどさくにさまぎれてどこかで聞いた話をパクってもいるけれども、そんなことはお構いなしで、その鼠は行商人の荷物の中に逃げ込んだ。

 そんなことに気付きもせず行商人はぐっすり眠っていたが、その夢の中に鼠が現われて、こんなことを語り始めた。

 どうか私を助けてください。御覧のように今は鼠の姿をしていますが、私はもともと人間です。人間の脳を鼠に移植して、来る日も来る日も迷路の中を走らせるという恐ろしい実験をやっている研究施設から逃げ出してきたのです。

 ――ここまで話したとき、語り姫は朝の光が射してくるのを見て、慎ましく口を噤んだ。残念ながら今夜も王様を眠らせることはできなかった。

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このページは、かみ かずしげが2009年9月18日 23:59に書いたブログ記事です。

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