昔、洛陽に、腕のいい絵描きがいた。何を描いても本物そっくりに描けるというので評判になり、彼が描いた絵は飛ぶように売れた。
あるとき、絵描きは、「普通の絵を描いても面白くない。誰も見たことのない龍の絵を本物そっくりに描いてやろう」と決心した。
決心したのはいいが、やはりどうもモデルがいないとうまく描けない。蛇に足を付けただけのようなものや、頭の方は龍に見えても尻尾を見ると蛇などという失敗作ばかりだ。
手持ちの金も底をついてしまって、絵描きが途方に暮れていると、仙人が現われた。
「どうしても龍の絵を描きたいのか?」
「はい」
「それなら、わしについて来るがよい」
こうして絵描きは、仙人の住む水墨画のような世界に連れて行かれた。
深い谷に臨んだ岩の上に座っていると、凄まじい形相をした巨大な龍が襲いかかって来た。絵描きは、必死で龍の姿を目で追い、筆を走らせ続けた。こうして、自分でも驚くほど本物そっくりの龍の姿を描くことができた。あとは瞳を入れて仕上げるだけだ。
ところが、絵描きが瞳を描いた途端、龍は絵の中から抜け出して、空の彼方へ飛んで行ってしまった。
絵描きは仙人に言った。
「絵を仕上げると、龍が逃げ出してしまいました。これでは困ります」
「どうしてじゃな?」
「白紙の絵なんて、誰が買ってくれるでしょうか」
「瞳を入れなければよいではないか」
「そんな未完成の絵を売るわけにはまいりません」
「まだまだ修行が足らんな」
仙人は、ある高僧の元で修行してくるようにと命じた。
その僧は厳しかった。どうしても龍を描きたいのだと言っても、なかなか許してもらえない。それどころか、筆さえ持たせてもらえず、あれこれと雑用ばかりさせられた。そんな辛い日が幾日も幾日も続いた。
ある日、やっとのことで、屏風に虎の絵を描いても良いというお許しが出た。「ただし、どんなことがあっても、決して瞳を描いてはならぬぞ」ときつく言い渡された。虎の絵は描けたが、瞳が入っていないのがどうしても物足りない。しかし、絵描きは、師匠の言葉を思い出して、ぐっとこらえた。
「師匠、虎の絵ができました」
「ほう、なかなか良い絵が描けたな」
屏風を見た僧は、弟子を呼び出した。
「この屏風の中におる虎を、この縄で縛って見せよ」
すると弟子は、こう言った。
「虎を絵の中から出してくだされば、縛ってお見せいたしましょう」
この状況は、瞳を描きたくて仕方のない絵描きにとっては拷問に等しい。しかし、絵描きは歯を食いしばり全身をわなわなと震わせながら、誘惑に打ち克った。
こうして長く厳しい修行の末、瞳を描かずに絵を仕上げるという高度な技を体得した絵描きが、仙人の元へと戻って来た。
「お蔭様で、このような絵を描くことができるようになりました」
「ほほう、見事な絵じゃな。しかし、これは龍ではないようじゃが…」
「はい。これは、師匠の御姿を描いたものです」
その絵は飛ぶように売れたという。


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