酒場から出てきた犬刑事は、頭に手を当てて急に立ち止まった。
「あっ、ひとつ忘れてた!」
そして、くるりと身を翻して過去へと引き返した。
行き当たりばったりに話を書いていると、うっかり書き忘れていた場面を後から挿入したくなることがある。それを何食わぬ顔で書き足してしまえるのは、この倒錯ミステリの便利なところである。
犬刑事は、目撃者の話を聞いた後、“猿蟹印の柿の種”の製造元にやって来た。猿はこの会社の共同経営者の一員だという話だ。
会社はまだ開いていた。この事実から、猿の死亡推定時刻は会社の就業時間内に設定されるのだろうと推理できる。
オフィスの受け付けには乳牛が座ってMoreを吸っていた。
「何か御用?」
犬刑事は、笑みを浮かべながらバッジを見せ、用件を伝えた。
応接室に通されて、部屋のあちこちを嗅ぎ回っていると、さっきの乳牛が緑茶と柿の種をテーブルの上に置いて行った。ソファーに飛び乗って柿の種をポリポリ食べていると、蟹が入って来た。
「臼を訊問したのかね?」
犬刑事は柿の種を喉につまらせて咽せた。
「何をぐずぐずしてるんだ」
犬刑事は目を白黒させながら緑茶を飲んでいる。
「猿の様子を見に行った臼から話を聞いたが、状況からすると臼が怪しい」
蟹は目の前で呑気に菓子を食い茶など飲んでいる犬に苛々しているようだ。
「この私も容疑者なんだろう?」
犬刑事は飲んでいた茶を吹き出した。
「目撃者の証言によりますと…」
犬刑事は手帳を見ながら蟹に説明している。
「仰向けになってる猿に臼が馬乗りになり、そのあと暴れている猿を羽交い締めにして家の中へ引きずって行き、玄関をぴしゃりと閉めた、ということなんですが…」
「やはり臼が犯人だったか」
「いえ、まだ臼さんの話を伺ってないので…」
「じゃあ、早く話を聞きに行けばいいだろう」
「それが、臼さんの行方が分からなくて困ってるんです」
「酒場に行ってみろ。臼は飲んだくれている筈だ」
「それはどうも。大助かりです」
犬刑事が出て行くと、蟹は溜め息をついた。やれやれ、世話の焼ける刑事だ。すると犬刑事が急に戻って来た。
「あのー、うっかりお尋ねするのを忘れてました」
「何だね?」
「なぜ、猿さんは逃げなかったんでしょう?」
「どういう意味だ?」
「家の中に引きずり込まれるときは暴れてたんだから、臼が玄関を閉めようとして手を離した隙に、逃げようと思えば逃げられた筈なんです」
「さあね…。それを調べるのが君の仕事だろう」
「ごもっともです」
犬刑事はすごすごと退散していった。


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