犬刑事がポケットから出した“猿蟹印の柿の種”を見て、臼が過去を語り始める。それは、猿に殺された蟹のために栗・蜂・牛糞・臼が仇討ちをするという、日本の昔話「猿蟹合戦」そっくりの内容だった。ただし、蟹も猿も死なないところは「さるかにばなし」と同じだ。
猿は蟹たちと仲直りをして、一緒に遊ぶようになり、やがてみんなで会社を興した。それが、知る人ぞ知る“猿蟹印の柿の種”の製造元である。この製品は一般の商店では購入できない。入手するには、おにぎりを製造元に持って行って物々交換するしかない。このとんでもない販売方法が話題となって、大ヒットした。これを思い付いたのは猿だった。
おにぎりを原料にして柿の種を作り、柿の種をおにぎりと交換する。この繰り返しでは利益は出ないが、食うには困らなかった。ベンチャー企業というよりは遊びの延長だ。
しかし、あるとき、おにぎりに毒物を混入する不届き者が現われた。この絶体絶命の危機を乗り越えられたのも猿のおかげだった。車で移動しながら、その場で作って交換するというアイディアだ。
「早く芽を出せ柿の種…」という蟹の売り声のほかにも、おにぎりを臼に入れて猿が搗いたり、柿の種と一緒に金網の上に乗った栗が爆ぜたり、いきなり蜂が飛び出して待ってる客を意味もなく驚かせたりするパフォーマンスも大いに受けた。ちなみに、燃料には牛糞を乾燥させたものを使っていたが、このことを知る人はあまりいない。
やってることは面白かったが、会社の経営は赤字続きだ。夢想家の猿と現実家の蟹は、よくそのことで対立したが、ほかのメンバーを交えて議論しているうちに、いつの間にやら馬鹿話になったりして、その中から新たなアイディアが出ることもあった。
「現金が必要だったら、売っちゃえば?」という牛糞の一言で、置いてくれそうな商店をさがし歩くことになったり、「賞味期限切れ寸前のおにぎりと交換してもらおう」という栗の提案で、毎日コンビニ通いをしたりして、徐々に販路が拡大していった。
その頃には蟹の子供たちも仕事を手伝えるようになっていたが、それでも生産が追い付かず、とうとう機械を使おうかという話になった。機械の導入に猿は最後まで反対してくれたが、結局、賛成多数で押し切られてしまった。
蟹が引退して子供たちが経営に口を出すようになり、腰痛を隠して頑張っていた猿も現場から退いた。蜂と栗は何度も世代交代をした。今でも現場に残っている創業時のメンバーは臼だけになった。
最近では、蟹たちが現場に顔を出すことも滅多になくなり、コストダウンのため派遣社員を雇うようになっている。一粒毎に微妙に異なる手作りの味を知っている古い顧客も少なくなってきた。他社のまねをして柿の種に豆類を混ぜたものや海苔巻きのあられと豆類だけという、もはや柿の種が一粒も入っていない商品まで作るようになってしまったことを、つい先日も、猿酒を飲みながら「これもまあ仕方がないか」と語り合ったりしたばかりだった。
話を聞き終わって酒場から出て行く犬刑事に、臼はこう言った。
「必ず犯人を見つけ出してくれよ」


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