ジョナサンの服を着た伯爵は城を出て、ポストのあるコンビニに向かっていた。しかし、こんな夜更けに通行人はいない。目撃者になりそうなのはコンビニの客と店員ぐらいだ。
伯爵が深夜のコンビニに入ると、勘定台には編み物をしている年老いた羊がいた。伯爵は切手を買うつもりだったが、その前に陳列棚を一巡せずにはいられなかった。
店はありとあらゆる奇妙な品々でいっぱいだった――なかでもとびきり変わっているのは、なにが載(の)っているのかちゃんと見定めようとして棚をじっと見るたびに、とくにその棚だけがかならず空っぽになり、しかもそのまわりの棚には載りきれないほど品物が載っているということである。
『鏡の国のアリス』(ルイス・キャロル 著/柳瀬尚紀 訳/ちくま文庫)
伯爵は、逃げ回る商品を捕まえようと夢中になっている。ジョナサンの上着の内ポケットには手紙のほかにも何かが入っているのだが、伯爵はそのことにまだ気付いていない。
伯爵の書斎にいるジョナサンは、コンビニにいる伯爵の様子をハンプティ・ダンプティの目と口を通じて知らされている。
ジョナサンは目の前にいるハンプティにこう言った。
「ダンプティ、君はどこのポケットに入ってるんだ?」
すると、ハンプティがこう答えた。
「何を言ってるんだ? 僕はハンプティだよ」
「いや、そうじゃなくて、伯爵の服…じゃなくて、ああ、ややこしいな、もう…」
ジョナサンは、こめかみを両手の先で押さえた。
「伯爵が着ている僕の服のポケットに入っているダンプティに訊いてるんだ」
すると、ハンプティが面倒くさそうに答えた。
「だから、そのハンプティが、『何を言ってるんだ? 僕はハンプティだよ』と言ってるんだよ」
「じゃ、君は…。今ここにいる君が、ダンプティなのか?」
「つまり、そういうことになるのかな」
「ちょっと待ってくれよ…」
立ち上がると目眩いがしそうだったので、ジョナサンは目を閉じて座ったまま頭を整理した。
そのころ伯爵は、やっとのことで捕えた商品を持って勘定台に向かっていた。年老いた羊は、何か小さな紙切れを口に入れ、もぐもぐと食べている。それを見て手紙のことを思い出した伯爵は、切手を出してくれと頼んだ。
「もうないよ」
「今あなたが食べているその紙切れは、切手ではないのかね?」
「そうさ。売れ残りをこうやって処分してるんだよ」
「一枚だけでいいんじゃが…」
「期限切れの食べ物を、お客に売ったりすると上がうるさいからねえ」
「わしゃ、切手を食べたりはせんぞ」
「お客はみんなそういうけど、きっと舐めるだろうさ」
「それでは、仕方があるまいな…」
切手をあきらめた伯爵は、商品の代金を支払って、コンビニを出た。
「伯爵がコンビニを出たぞ」「もうすぐ城に帰って来るぞ」
ハンプティ・ダンプティがそう言った。ジョナサンは目を開いて、首からぶら下げていたものを取り出した。それは、宿屋の女将にもらった十字架だった。


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