ジョナサンは鏡をじっと見ている。伯爵の声がどこか遠くから聞こえている。
「君は、何か記憶違いをしておるようじゃな」
鏡にはジョナサンの顔が映っている。伯爵の姿は見えない。
「この手紙を書いてもらったとき、わしはずっと君の目の前におったはずじゃ」
ジョナサンは鏡を見ながら、ひげを剃っている。背後には伯爵の気配がある。
「わしが席を外したのは、わしが書きかけていた手紙を置いて隣の部屋へ行ったときではなかったかな」
ジョナサンは、はっとして背後を振り返った。伯爵の姿は見えない。
「しかも、扉はきちんと閉めておいたはずじゃ」
あたりを捜し回ったが、どこにも伯爵が隠れられそうなところはない。
「ここじゃよ」
鏡の中から伯爵の声が聞こえた。ジョナサンは鏡の前に戻った。
「君はわしの目の前でこの速記文字の手紙を書いたんじゃ」
鏡に映っているのは、ジョナサンの服を着た伯爵だった。
「わしのような年寄りには読めんと思うておったのか」
鏡の中の伯爵が、その便箋を向こう側から押しつけている。
「これは書き直してもらわにゃならん」
鏡の中から便箋が突き出して来た。そして便箋は鏡の中の伯爵の手から離れ、こちら側に落ちた。
「これから私が言う通りに書くのじゃぞ」
拾い上げた便箋は白紙に戻っている。ジョナサンは書斎の椅子に座り、手にはペンを握っていた。
ジョナサンの手は、伯爵の声に反応して勝手に動き、便箋を埋めて行った。しかし、右から左へと流れる文字は、ジョナサンには読めなかった。
便箋を鏡の中へ差し入れると、鏡の向こうの伯爵はにんまりと笑った。
「そうじゃ、それでよいのじゃよ。さて、さっそく最初の手紙を送るとするか…」
伯爵は鏡の向こうの書斎の中へと入って行った。
鏡のこちら側にいるジョナサンも、書斎の中へと入って行った。ジョナサンの体は、ずっと伯爵と同じようにしか動かなかったが、書斎の扉を閉めたとたん、伯爵の呪縛が解けた。ジョナサンが、閉めたばかりの扉を開けようとすると、鋭い叫び声がした。
「やめろ!」
何か、もぞもぞと動くものが、ポケットの中にあった。


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