男爵の話は、夜明け近くまで続いた。
ワガ軍がトルコ軍をオチャコフに追いつめた時の事であります。前衛では激しい戦闘が展開されていた、そのワガ熱血のリトアニア馬がすんでのことワガハイを窮地に陥れかけるという事態が起った。ワガハイは本隊からかなり突出した前哨にあったのだが、みると敵が濠々たる砂塵をあげつつワガ方へ押し寄せ、そのためワガハイ、敵の実数も意図も皆目つかめず弱ってしまった。(中略)そこでワガハイ、左右両翼に部下を散兵展開させ、できるだけ盛大に埃をかきたてさせた。(中略)敵は停止し戦端をひらきはしたが、たちまちワガ散兵の仰山な砂ぼこりにおびえて隊伍を崩し退却というわけだ。されば今や心勇んで追撃すべき時、われわれは敵を完全に蹴散らし、大潰走のお膳立てをした。そして背後の要塞に追い込んだばかりか、徹頭徹尾追い立て追い出してしまったわけで、まさに血気騒ぐ*われわれが期待以上、ないし期待にそむく、大成果をあげた次第であります。げにわがドラキュラ家こそは、その知恵、その度量、その剣において、ハプスブルグ家やロマノフ家のごとき、俄か大名の及びもつかぬ、炳乎たる記録を誇る貴き家柄なのじゃ。なれども、戦乱の日はもはや過ぎた。こんにちのごとき、まことに不面目なる平和の時代には、『血統』こそが何にもまして貴いのじゃ。威名世にかくれもないわが一門の歴史は、まずざっとこんなものじゃよ」
(訳注)レクラム文庫本の編者はビュルガーの誤訳を指摘している。すなわち英文の sanguine (多血質の)を sanguinary ととり違え blutgierig (血に飢えた)とした、というのである。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー 編/新井皓士 訳/岩波文庫)
『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー 著/平井呈一 訳/創元推理文庫)
語り終わった伯爵に、ジョナサンは三通の手紙を書かされた。それぞれ、「あと四、五日でこちらを発つ」、「明日こちらを発つ」、「すでにここを発った」という内容で、日付は六月十二日、六月十九日、六月二十九日にするようにと命じられた。
伯爵はそれぞれの手紙を封筒に入れ、厳重に封印をしたうえで、「ジョナサン氏が、死亡、もしくは失踪以前に開封すべからず」と書き入れた。
ジョナサンは「ああ、そういう手を使って来るんだな」と思った。


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