ジョナサンの私生活には謎が多い。14歳年下の“ステラ”という愛称の女性をダブリンに呼び寄せ、ロンドンでは24歳年下の“ヴァネッサ”という愛称の女性とも付き合っていたらしい。そのヴァネッサがダブリンにやって来ると、ジョナサンは急にステラと結婚する。その後それをヴァネッサが知ったために修羅場となったことはよく知られている(*1)が、実はそのほかにも“ミナ”という妻がロンドンにいた可能性がある。
ある作家の小説に、ジョナサンの日記が引用されている。ジョナサンと同じダブリン生まれのその作家は、何らかのルートを通じてジョナサンの日記を入手したのだろうと推測できる。部分的な引用なので、書かれた年など詳しいことは分からないし、姓が“スウィフト”から“ハーカー”に変えられているが、その内容を読めば、『ガリヴァー旅行記』を書いた人物の日記であることは疑いようがない。
その日記には、ジョナサンの旅行の様子が克明に記録されている。わざわざ速記文字を使っているのは、他人には知られたくない内容だったためだと考えられる。しばしば“ミナ”という妻の名が書かれていることは、十分にその裏付けになるだろう。
どういう経緯があったのかは(引用された今までに読んだ範囲には)記されていないが、トランシルヴァニアの城に住む伯爵に招かれて、ジョナサンはロンドンから東ヨーロッパまで旅をすることになった。旅立つ前に、トランシルヴァニアに関する参考書と地図を入念に調査しているところが、いかにもジョナサンらしい。旅が始まると、刻々と変化する車窓から見た風景や食事の内容が事細かに記録されている。眺望の変化と新鮮な食材に乏しい船旅とは違って、ジョナサンが旅を大いに楽しんでいる様子が伺える。
しかし、東ヨーロッパに入り、伯爵の居城に近づくにつれ、少しずつ不安の影が忍び寄ってくる。
まず、東欧に入ってすぐに宿泊したホテルに関する記述に、「ゆうべはひと晩じゅう、なんだか雑多な妙な夢ばかり見て、おちおち眠れなかった。」(*2)とあるのは注目に値する。残念ながら夢の内容には触れられていないが、ジョナサンがそれを書かなかった筈はない。おそらく夢に関する記述は引用の際にカットされたのだろう。
その後、伯爵に指定された宿屋で一泊し、伯爵に指定された乗合馬車で山道をひたすら進む。宿屋の女将や乗合馬車の乗客たちの妙な言動に、ジョナサンは不吉な予感を抱き始める。夜更けになり、峠で伯爵からの迎えの四輪馬車に乗り換えると、急に寒気がしてきた。
馬車は同じ場所を何度も回り、村々の犬たちは遠吠えをし、馬は脅え、狼まで咆哮し、烈しい夜風が鳴り、枝が音を立て、粉雪が降り積もり、闇の中に青い火が浮かび、馭者は飛び降りてどこかへ行き、ジョナサンは恐怖を覚え、どうやらこれは夢ではないかという気がして、月が出て、馬車を取り囲んだ狼が一斉に哮え、馬は跳ね上がり、馭者が狼を追い払い、月が雲に隠れ、馬車は闇の中をひた走り、荒れ果てた大きな城の中庭に入った。
(*1)『ガリヴァー旅行記』(スウィフト 作/平井正穂 訳/岩波文庫)の「解説」を参照した。
(*2)『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー 著/平井呈一 訳/創元推理文庫)より引用。以下、ジョナサンの日記の内容は同書による。


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