その後もジョナサンは馬人の夢を繰り返し何度も見た。最後に見た悪夢のような奇怪な現象が起きることはなくなったが、ジョナサンにとっては、むしろ現実の方が悪夢だったのかもしれない。晩年のジョナサンはよく馬の嘶きのような鼾をかいていたというが、おそらくそれは、夢の中で馬人たちと楽しく語り合っていたのが寝言となっていたものと思われる。
ジョナサンは子供のころに見た無邪気な夢の続きをたまに見ることがあった。年を取るにつれて夢の内容は多少変化していったが、ジョナサンの空想力は時間や空間を軽々と飛び越えるのだった。自由自在に空を飛び、時を越え、宇宙を駆け巡っていたが、ジョナサンは決してそのことを誰にも話さなかった。
火星に二個の衛星があることを、その発見以前にジョナサンが知っていたことは、長年のあいだ謎だと考えられてきたけれども、それらの衛星が実はジョナサンの空想の産物であるということを否定する材料を、天文学者たちは未だに発見していない(少なくとも公式には発表していない)。
今からちょうど三百年前(1709年)にジョナサンが日本を訪れていたことを知る人は少ないが、長崎県立美術博物館には「ジョナサン・スウィフトが踏むことを免除されたキリスト像」(一般には『青銅のピエタ』と呼ばれる)が所蔵されていた。これは南蛮鋳物師の萩原裕佐によって製作されたものであり、美術的にも歴史的にも価値のある作品だった。しかし、2005年に同館が長崎県美術館と長崎歴史文化博物館に分割された際、「出島に行こうかそれとも立山に残ろうか」と思案橋あたりで悩んでいる姿が目撃されたのを最後に、行方不明になってしまったのは、返す返すも残念なことである。
行方不明といえば、ジョナサンが眠るときに身につけていたドングリが誰の手に渡ったのかも分からない。どこかのオークションに出品されるのではないかと期待されているようだが、ジョナサンが嫌っていたヤフーではないことを願うばかりだ。


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