転がった餅を拾うのも億劫がるような物ぐさ太郎が、わざわざ京へ行って働こうと決心したのだから、これは並み大抵のモチベーションではなかっただろう。
七日かかって京に着いた。物ぐさ太郎が「私は信濃の国から参りました長夫でございます」と言うと、人々は「あれほど黒くて汚げな人も、この世にいるもんだ」と笑ったが、大納言は「どんな風体でも真面目に仕えるならよいだろう」と言って働かせた。
都の様子は信濃の国とは比べようもなく興味深く尊いものだった。太郎は少しも面倒くさそうな態度を見せなかった。これほど真面目に仕える者はいないと、三ヶ月のところを七ヶ月に延長され、ようやく十一月になるころに暇をもらって国に帰ることになった。
意外なことに、仕事は真面目にやっている。おそらく、お楽しみは最後までとっておくタイプの人間なのだろう。
宿に戻り、「都に上るときには、良い女房を連れて帰ろうと言ったのに、一人で帰るのは、あまりにさびしい」と思って、宿屋の亭主に「私のような者の妻になろうという女を一人さがしてください」と言ってみた。すると亭主は「どんな者が、あんたの女房になるだろう」と笑ったが、「さがすのは簡単だが、夫婦になるのは大変なことだ。色好みをさがして呼ぶのがいい」と言う。「色好みとは何のことだ」「主のいない女を呼んで料金を支払って逢うことだ」「それなら、呼んでください。帰りの小遣いが十二三文あるので」
宿の亭主は、こいつほどの愚か者はいないと思って、こう言った。「そういうことなら、辻取りをしなさい」「辻取りとは何のことだ」「男もつれず輿車にも乗っていなくて見た目がよく自分の気に入った女房を取ることだ。天下の御ゆるしで、そういうのがあるんだ」「そういうことだったら、取ってみよう」「今日は縁日があるから、清水に参って狙うといい」
要するに、金がないやつは人の集まるところへ行ってナンパしろということだ。
十一月十八日のことなので冷たい風が激しく吹いている。そんな中で、信濃にいたときから着古した何色ともいえず模様も見えない麻布の帷子を、荒縄を帯にして着て、踵のない物ぐさ草履の破れているのを履き、呉竹の杖をついて、鼻をすすりながら清水の大門に立ちっぱなしで大手を広げて待っていると、参拝帰りの人々は恐ろしがってみんな避けて通る。近づく人は一人もいない。このようにして朝から日暮れまで、あれも駄目だ、これも駄目だと決めかねているところに、一人の女が近づいてきた。
まさか、そんな物好き(物ぐさ好き?)がいるとは思わなかった。この女、一体何者なのか…。
【店主より】
ここまでは原典の筋を追ってきましたが、この先はとんでもない展開になっています。それをただ要約してもつまらないので、次回からは残念な味つけをする予定です。原典を味わいたい方は、どうぞ『御伽草子』を読んでください。


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