昔、物ぐさ太郎という若者がいたそうだ。どのくらい物ぐさかだったのかと思って「御伽草子」を読んでみたところ、こんなことが書いてあったので驚いてしまった。
ただし、名前は物くさ太郎というけれども、家のつくりは立派なものであった。家の周りは屋根付きの土塀で囲んで、三方には門を作り、東西南北には池を掘って、島までこさえて松や杉を植え、島から架けた反り橋の欄干には宝玉の飾りを付けて、その構えは実に大したものだった。侍の詰め所、渡り廊下、池を望む別館、宮中のような梅壷、桐壷、籬が壷なんていう中庭にいたるまで、百種類の花を植え、広い本館の屋根は神殿のように檜の皮で葺いて、天井には金糸銀糸を織り込んだきらびやかな絹織物を張って、屋根を支える材木や天井の格子には金銀を打ちつけて、窓には仏殿の飾りのように豪華な簾をかけて、馬小屋や侍の詰め所にいたるまで、格別に飾りたてて住みたいものだと心の中では思ったけれど、いろいろ予算が足りなくて、ただ竹を四本立てたのに菰をかけて住んでいるのだった。
何だこりゃ。原典がこんなに面白くては何もいじれないじゃありませんか。


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