ノックの音がした。ドアを開けると、案内人が立っていた。
「伯爵がお目覚めになりました」
Jが出て行こうとすると、案内人は、眠り姫のいる方を手で示しながらこう言った。
「あちらのお嬢様も御一緒においでいただくようにとの仰せです」
伯爵の部屋に通された二人は、その部屋に漂う雰囲気に圧倒された。
「ようこそ、おいでくださいました」
出迎えた伯爵は恐ろしいほどに美しかった。二人が無言で立ち尽くしていると、伯爵は微笑んだ。その口に、鋭い犬歯がちらりと見えた。
「どうぞ、こちらへ」
眠り姫とJは、それぞれ召し使いが引いた椅子に腰をおろした。テーブルにはグラスや銀器類が整然と並んでいる。
「そんなに緊張なさらずに、お楽にしてください」
伯爵は召し使いに合図して、二人のグラスに酒を注がせた。
――そして伯爵は、次のように語り始めた。
つい昨日のことのように思い出せるのですが、考えてみればずいぶん昔のことかもしれません。私の居城にしつこく匿名で書簡を送りつける迷惑な人物がいました。最初のうちは、私の生活について根掘り葉掘り質問する他愛もない内容でした。もちろん私は返事など書かずに放っておきましたが、次第に勝手に妄想を膨らませて根も葉もないことを詳しく書き綴って送ってくるようになりました。何月何日、どこそこで、伯爵が若い女性を襲って、首筋から血を吸っているところを目撃した、とか何とか。そこで私は、そのあと届いた書簡に「あなたは一体何者ですか」と書き付けて返送しました。すると、すぐに電報が届いて、その文面は、「私はストーカーだ」。
――伯爵は、ここで笑った(どうやらこれはアイリッシュ・ジョークだったようだ)が、不発に終わったとみて、真顔に戻って語り続けた。
さて、それでは本題に入りましょうか。
まずは、そちらのお嬢さん。何十年も眠って退屈しているのは分かりますけれども、他人の夢を覗き見るようなことはおやめになった方がよろしい。しかも、ここの村の娘さんたちを操ってニンフォマニアのような振る舞いをさせてまで、こそこそと私のことを探り回るとは、低劣極まりない。どこの国の王女だか知りませんが、恥を知りなさい。
次に、測量師のふりをしているあなた。変な小細工をした地図と、オーブのまがい物をお出しなさい。このような子供だましで、時間稼ぎをするおつもりでしたか。
それから、これを書いている、そこの浅墓な作者。前回の文中の「吸血鬼です」を「人間ではありません」に書き変えましたね。狼男かゾンビにでも変更してやろうと急に思い付いたようですが、あのような下賎な化け物に、この役がつとまるわけがありません。
――そのとき、伯爵の怒りに呼応するかのように城が大きく揺れ始めた。伯爵は揺れが小さくなるのを待ってから、語り続けた。
いよいよ墜落が始まったようです。あのオーブが破壊された今となっては、もうどうすることもできません。そのようなわけで、はなはだ失礼かと思いますが、あなた方にはお引き取り願いたいと思います。私は、今しばらく、ここに残って、この城との別れを惜しむつもりです。お二人とも、どうか御無事で地上に戻られますように。
――そして、伯爵はグラスを掲げ、赤い液体を飲み干した。


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