熊の話が終わると同時に、禁太郎たちの周囲に白いものが漂ってきた。それは、霞のようでもあり靄のようでもあり霧のようでもあった。山々が消え、道筋が消え、木々が消え、あっと言う間に四方八方が白い空間に飲み込まれてしまった。もちろんお互いの顔も姿も見えない。
「おいおいおいおい」「何も見えんな」「うわあ、すげえな」「何ですかこれは」
禁太郎も熊も猿も馬も身動きできなくなり、声を出すだけだ。
「おい、あれは何だ」「何だろうな」「どこどこ」「何ですかあれは」
前方から、何かが近づいてくる。
「あれは…」「こっちに来るぞ」「あの姿は…」「鹿だ!」
見覚えのあるシルエットだった。
禁太郎は、その鹿の影に向かって、禁太郎飴を差し出した。
「見えないかもしれないけど、切り口のところに僕の顔が…」
しかし、鹿の影は反応しない。
「ほっぺたのところにはポッキーが…」
すると、鹿の影は「それを早く言えよ」と言うが早いか禁太郎飴にかぶりついた。
――その後、鹿の影は、「お前たちは、ちゃんと原作を読んでいるようだから特別に話してやるが」と前置きをして、次のように語った。
つい最近――といっても二年ほど前のことだが――、“運び番”と“使い番”が、デジクラとかプリカメとかいうものには鹿の姿が写ると言っていた――何? 「デジカメとかプリクラとかだろう」だと? 分かっているなら黙って聞け――そうそう、そのデジタルとかいうものを人間が使うようになったせいで、印を付けた運び番と使い番の正体が暴かれる危険が出てきたわけだ。これは次回までに対策を立てておかなくてはならない。それで、デジタルに詳しくて使えそうな人間を捜していたのだが、まあ百八十年後までに間に合えばいいからと、ついそのままにしておいた。
ところが最近、地下のなまずが急に怪しい動きを始めた。“鎮め”の儀式が終わったばかりだというのに…。こんなことは、これまでの千八百年間、一度もなかったことだ。そこで、急遽、デジタルなんとかかんとかという役職についている真面目そうな人間を臨時の“運び番”に指名した。毎度のことだが、その人間もなかなか本気にしなかったので、印を付けてやった。
それがどうもいかんことになったらしくて、人間たちは大騒ぎだ。まったく何がどうなっとるのかさっぱり分からんが、なんでもテレビとかいうのもデジタルだからそれに鹿の姿が写ると仕事ができなくなるという話で、しばらくの間、何か別の理由をでっちあげて休暇を取ったらしい。しかし、休んでいる間に鹿の姿がデジタルに写らないようにする技が編み出されたということだから、結果的には良かったのではないかと思う。その人間には“運び番”を断られてしまったが…。
ところで、お前たちがケシカランと言っているあの妙な角をつけた鹿は、我々とは一切無関係だ。退治したければすればよい。しかし、あんな雑魚を退治しても何の意味もないだろう。
そんなことよりも、今は地下のなまずの方が大問題だ。何らかの原因で地下の水脈に異変が起きて、そこからなまずが力を得ているような気配がある。あんな雑魚を退治するよりも、こっちの方がやりがいがあるぞ。どうだ、やってみないか?
――これで、鹿の影の話は終わった。
禁太郎たちは、鹿の影の尻からポロポロと落ちている鹿の糞の影を眺めながら、さてこれからどうしようかと考えていた。この続きはあるかもしれないし、ないかもしれない。


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