父の母と母の父は、僕が生まれたときには既に他界していました。父の父と母の母も、僕が高校生のときに亡くなってしまいました。そういうわけで、記憶に残っているのは、父の父と母の母だけです。
父の父は、もしも今生きていればたぶん136歳です。父の父は父の生家にずっと住んでいましたが、会えるのは父が父の生家に帰るお盆のときぐらいでした。お盆のとき、父に連れられて父の生家へ行くと、父の父は父の生家のいつも決まった席に座っていました。いつもにこにこしていましたが、父が子供のころに悪さをしてよく叱られたという話を聞いていたので、ちょっと近寄りがたいような存在感がありました。どちらかというと寡黙で、何かを言うときにはきちんと筋が通っている、そんな人でした。それだけに父の父の一言には重みがあるように感じました。
母の母は、もしも今生きていればたぶん102歳です。母の母は母の弟の家に住んでいましたが、よくうちに遊びに来ていました。しょっちゅう会っていたので何か一つに絞るのが難しいのですが、僕が三才ぐらいだったとき、外で煙が上がっているのを見つけて火事ではないかと一緒に見に行ったら、実は焚き火だったという思い出があります。この話をすると、うちの家族は必ず大笑いになるのですが、他人にはちっとも面白くないでしょうね。お正月になると、母の母と百人一首をするのが楽しみでした。母の母に読んでもらって札をとるのですが、あるとき、それをカセットに録音して、順番を覚えてしまうくらい繰り返し遊びました。たまに、わざと変な読み方をする札があったりして、そのときは意味も分からず笑っていたけれども、ずいぶん後になって何だそういう意味だったのかと気付かされました。あるとき(母の母が亡くなって何年も経ってから)、たぶん法事か何かの折だと思いますが、このテープをみんなで聞いて懐かしんでいたら、初めて聞いた母の弟が泣き出したという話も、他人にはあまり面白くないでしょうね。
コネタマ参加中: あなたのおじいちゃん・おばあちゃん自慢、聞かせて!
どこが自慢なのか分からなくなってしまったので、最後にとっておきの自慢話をします。僕のペンネーム(ハンドルネーム)は、実は四人の祖父母の名前(の一部)に由来しているのです。「か」は父の父、「み」は父の母、「かず」は母の父、「しげ」は母の母の名前から(勝手に)いただきました。これも他人には、だから何だよって話でしたね(自慢なんて、そんなもんでしょ)。
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