昔、通勤ラッシュというのを体験しました。何をして過ごすかですと? そんな寝ぼけたことを言ってる人には分からないでしょうが、あれは貨物列車です。もはや駅員はわれわれ乗客を人間だとは思っていない。手足があって自動的に動く機能のある貨物です。
駅のホームに入ってドアが開くと、自分が降りる駅だと知っている貨物は自分で降りて来ます。自分が乗るべき列車だと知っている貨物はあとからあとからやってきて、ホームはごった返しています。これ以上詰め込むのは無理だと分かっていても後ろからぐいぐい押し込む職務に忠実な駅員がいたおかげで、どんなに貨物が多くてもホームからこぼれ落ちる心配だけはありませんでした。
車内では吊り革につかまって、吊り革がなければそこいらにある手近な棒につかまって、何もつかまるものがなければ諸手を上げて何かにつかまる意思表示をして、できるだけ何も考えずできるだけ身動きせず、ただひたすら列車の揺れに身を任せているしかありません。カーブでは外側に押されますが逆らっても無駄というものです。身動きできない筈なのに内側には隙間ができます。しかしカーブが終わると元に戻りました。われわれは非常に可塑性の高い貨物なのです。
出入り口付近の貨物は、自分の降りる駅でなくても一時的にホームに押し出されます。短い停車時間内に全てを滞りなく終わらせるためには、車両の奥の方から流れてくる貨物たちの邪魔をするようなことがあってはなりません。降りる貨物がいなくなってから再び元の車両に戻るわけですが、このときに特に優先権というものはなく、その駅で乗り込むのを待っている貨物の流れに乗りそこねると追い出されてしまう場合があります。
ある日、常磐線の松戸駅で追い出され、それまで乗っていた列車を見送っていると、顔見知りの貨物とばったり会いました。その貨物は人間界では山田さんという名前の人でした。
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