NHKの海外ドラマ・スタッフブログを読んでいたら、別のスタッフからの伝聞をもとに、まことしやかなことが書き綴られていたので驚いた。公共放送の関係者だったら、伝聞よりも事実をもっと重視してほしいと思う。(*1)
(*1)僕の手持ちの資料では、コロンボとポルフィーリィの類似について言及しているのは、二見書房のサラ・ブックスのカバーの袖があるぐらいだ。そこには各界の著名人がコロンボについて語る「私のコロンボ」という短い文章が掲載されていたのだが、昭和50年12月27日発行の『自爆の紐』の袖に、確かに「コロンボ刑事のキャラクターの土台が、このポルフィーリィ判事だったときいて、ぼくはハタと膝を打ったのだ。」という手塚治虫の発言が載っている。当時、『刑事コロンボ』の制作スタッフの誰一人としてドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことがなかったとは考えにくい。ポルフィーリィのキャラクターを参考にしたことは充分にあり得るだろう。しかし、キャラクターの類似点などから、「『刑事コロンボ』のモデルになった小説」(前述のブログから引用)なんて拡大解釈をしてはいけない。そこからさらに、「コロンボが証拠よりも自白を重視するのは」(同上)などと牽強附会してしまうのは、もっといけない。コロンボが証拠よりも自白を重視しているエピソードがあったら、ぜひ教えてほしいものだ。
さて、今回の事件は、ネタバラシをせずに語るのが大変難しい。ファンの間では、“シリーズ随一の「バカミス」風アリバイトリック”(*2)として話題になっているのではないか、などと適当なことを書いてお茶を濁すばかりだ。
(*2)『刑事コロンボ完全捜査記録』(町田暁雄監修・宝島社発行・2006年8月10日第1刷)から引用。







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