「おはようございます」
「ああ、おはよう」
いつものように課長が何枚かのカードを押しやり、私は同僚と車に乗った。
この国では、過去の作品への敬意を植えつけるための「名作維持法」が運用されている。なぜこのような馬鹿げた法律ができたのかは今となっては謎というしかない。その当時は国会周辺の時空がねじれていて、何かの法案にどこかのお調子者の書いた駄文が混入し、そのまま通ってしまったのだという説もあるが。
小学校で受ける予防接種の中に特殊なカプセルか何かが入っており、その中に1000人の1人の割合で「アタリ」があるのだという噂がある。どんなに杜撰な省庁でもそんな重要機密を国民に漏らすような愚かなことはしない筈だ。第一そんな手の込んだシステムだったら、まともに運用できるわけがない。
どんな仕組みなのかはともかく、その「アタリ」の人に当選発表を届けるのが私たちの仕事だ。発症をもって発表にかえさせていただきたいものだと常々思っているが、口に出して言ったことはな い。下手なことを言って発症した人が過去に何人もいるからだ。これも噂だが、口に出さずに思っただけでも取り締まられるようなシステムの実験が始まってい るそうだ。どんどん嫌な世の中になっていく。近未来SFではよくある話だが、実際にそんな世界で生活していると並大抵のことでは驚かなくなってしまう。
「このへんでとめよう。あの花壇のある家らしい」
すっかり夜になっていて花壇など見えないが、かまわずチャイムを鳴らした。キンコーンともピンポーンともつかない音がする。
「どなた」とも「どちら様でしょうか」とも聞こえる返事をして、日焼けしているのかどうか分からない、どちらかといえば不健康そうな主婦が出てきた。
「オチガミをお届けにまいりました」「これはうちの子じゃありません!!」「お気の毒とは思いますが」「せめて、あたしをかわりに」
お約束の押し問答をしていると、横から同僚が割り込んだ。
「じゃ、おれがかわります」
こんなときに不謹慎な冗談を言うやつだなと彼の顔を見ると、いつになく真剣な表情だ。
「お前、何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろんだとも」
「オチガミ」を受け取った者は、指定された過去の名作をもとにしてパロディを作るか実演しなければならない。24時間後にそれができなかったりオチがつまらなかったりした場合は、全身に恥ずかしさがこみあげてきて悶死するのである。たいていの当選者は指定作品を読んだことがなく、あわてて買いに走ることになる。ちなみに、この国には図書館や古書店という便利なものがない。
「関連法規を詳しく調べたら、特別な事情がある場合は代理人を指名できるという条項があった」
「それは本当か?」
「ありがとうございます」
主婦は、さっきまで自分を身代わりにしてくれと懇願していたことなど最初からなかったことにしたようで、ひたすら頭を下げている。
「それで、題材は何だ?」
やる気まんまんの同僚に、私はカードを見せた。
「R・シルヴァーバーグ著『生と死の支配者』(在庫切れ・入荷日未定)」
同僚のその後の運命についての判断はそれぞれの読者のみなさまにおまかせしたいと思います。







【表記を修正しました】
R・シルヴァバーグ
↓
R・シルヴァーバーグ
【タイトルを修正しました】
「生活維持法」
↓
「生活維持省」