普通、この言葉は「猫の手のように役に立たないものさえも借りたい(ほど忙しい)」という意味だと理解されている。僕も、あるときまでは、そう思っていた。
ところが、あるとき、「そういえば、料理で材料を押さえる手のことを“猫の手のように丸める”なんて言うよな」と思った。それ以来、「猫の手も借りたい」という言葉から次のような光景を連想するようになっている。
鍋を火にかけてから、あわてて材料を切っている。このときに「猫の手」をどこかから借りてきて、空いたほうの手で火加減をしたり調味料を入れたりかき混ぜたり味見をしたりしながら、もう一方の手で庖丁を使う。材料を押さえているのは、もちろん借りてきた「猫の手」である。
借りてきた「猫の手」の使い方が無茶苦茶だけど、とにかく忙しいから細かいことにこだわっていられない。とりあえず材料を押さえるだけなら細かい指示をしなくてもできるだろう。借りてこられた「猫の手」は何が何だか分からないまま、おとなしく材料を押さえ続けている。――というようなシュールな光景だ。
猫好きの僕は、これが語源だったらいいなと思う。もちろん、これが語源だという根拠は全くないが、もしも、そういう忙しさの中で「猫の手も借りたい」という表現を生み出した人がいたのだとしたら、相当ユーモアのある人だったに違いない。







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