なぜ私が引用にこだわるのか

 ここで、少し詳しく説明しておきます。

 調べものをするときは、ネットで調べればたいがい用は足りるようになっています。これは手軽で私もよく利用していますが、その信憑性や妥当性は、ひとえに記事執筆者の持っている情報の質にかかっています。
 メジャーな分野であれば、その分野に詳しい人の数も多く、誤りや不完全な記述が訂正される機会も多いでしょう。しかし、「MADテープ」のようなマイナーな分野になると、とたんに情報の質が落ちてしまいます。

 注意深く読んでみると、「MADテープの起源」に関する記述の典拠が、ほぼ一つのサイトに収斂していることが分かります。これは、「MADテープの起源」に関して述べているサイトがこのほかには見当たらないためです。その結果、そのサイトに書いてあることが“通説”化することになるわけです。

 私が“通説”だと言っているのは、そのサイトの記述を典拠としている、ある事典の記述と、そこからさらに引用や編集を経たと思しき複数の事典や用語解説などの記述によって形作られている「その件は、こういうことになってるよね」というような共通認識です。“通説”を通り越して、なかば“常識”化しているようにも見えます。

 「MADテープの起源は、1978年頃のMAD島川氏とY氏の試みから生まれた『MAD TAPE』である」というのは、そのような記述を拾い集めて要約したものです。だから、それと一字一句同じ文が書いてあれば、それは私の書いた文章からの引用だと、すぐに分かるのです。
 可能性としては、私と同じようにいくつかの記事を参考にして要約した結果、偶然同じ文になることもあり得るわけですが、しかし、その場合には「MADテープ」や 「起源」といったキーワードで検索をかけると、私が検索したときにはなかった私の記事が検索結果に含まれることになるわけですから、それだけを見なかった というのはかなり不自然な仮定になってしまいます。

 そのようなわけで、厳密には限りなくブラックに近いグレーだということになりますが、以下は近似値(ブラック)で話を進めます。

 私は、その“通説”が妥当かどうかを問いかけるために要約したのですから、このような形で引用されるのは不本意なことなのです。それを説明するために、“通説”部分を何度も引用せざるを得ないのも不本意ですが、ことは「MADテープの起源」がどうこういう問題ではなくなってきたので、あえてこの件についてくどくどと書いているのです。

 それでは一体何を言いたいのかというと、「ネットで調べたことを鵜呑みにして安易に引用すると、疑わしい言説を流布してしまうことになりかねない」ということです。
 「そんなことはお前に言われなくても知っているぞ」とか「そんなの常識じゃないか」という方も大勢いるでしょうが、そうでない方々の目にとまってくれれば、それでいいと思います。

 長々と書いてしまいましたが、この件については、ひとまずこれで終わりにします。

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このページは、かみ かずしげが2008年7月 9日 21:34に書いたブログ記事です。

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