ときどき適当なキーワードを使って検索して、ツイッター上の情報拡散を観察している。

 まずは、分かりやすい例を見てみよう。

 この情報の出所はアンサイクロペディアの記事だ。すぐに“デマ”だとツイートした人もいるのだが、7月に入った今も真に受けている人がちらほらいる。中にはアンサイクロペディアを「悪質なデマサイトだ」などと言う人までいたりするのが面白い。情報源を自分でしっかり確認していない人がいかに多いかが伺える。


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 今から一ヶ月ほど前の話です。2010年12月12日、Twitterの検索結果(*1)に、「昔、筒井康隆の作品に影響をうけて、高校生がおじいちゃんを殺したという事件がありました。」で始まる文章が大量に表示される事態が発生し、それが一週間以上続きました。

(*1) 僕はときどき「筒井康隆」を含むツイートを検索して「ロチャニをベラルゴする筒井康隆の作品は何だったっけ?」などという疑問を見つけると、横から「それは発明後のパターンではありませんか」なんて口出しをする、どちらかといえばお節介なツツイストをやっております。

 それは、主に以下のようなツイートでした。

"昔、筒井康隆の作品に影響をうけて、高校生がおじいちゃんを殺したという事件がありました。本人が「筒井作品に影響をうけて」と、はっきり言っちゃったんですよ。 あの時の筒井康隆は偉かったよね。 「文学とはそういうものだ」ってはっきりと言い切ったんです。" ... <URL>

 ツイートの末尾に書かれたURLに飛んでみると、岡田斗司夫の『遺言』からの引用文がただ掲載されているだけのブログ記事(*2)が現れました。

 さっそく『遺言』を取り寄せて読んでみると、確かに引用文と同じ文章がありました。

 昔、筒井康隆の作品に影響をうけて、高校生がおじいちゃんを殺したという事件がありました。本人が「筒井作品に影響をうけて」と、はっきり言っちゃったんですよ。
 あの時の筒井康隆は偉かったよね。
「文学とはそういうものだ」ってはっきりと言い切ったんです。
 文学というのは人の心を立派にするようなものではなくて、人の心を下品にしたり、殺人者を生んだりする毒である。毒であるからこそ素晴らしいのだ。この世の中にはない「毒」がつくれるからこその文学である。
 だから俺は「俺の作品で人殺しが出た」ということを誇りにはしないが、隠そうとも思わない。

〔岡田斗司夫『遺言』(第3章)より〕

(*2) 改めて検索してみると、上記と同じ範囲を『遺言』から引用しているブログ記事がいくつもあることが分かりました。僕は今まで知らなかったのですが、ブログ記事を(Twitterのリツイートのように)「リブログ」できるTumblrというブログサービスを使っているために、全く同じ内容の記事が複数存在しているようです。

 いかにも筒井康隆が言いそうな言葉のようにも見えますが、僕には何かが違うぞという感覚がありました。

 まず、岡田さんが書いていることには事実誤認があります。これについては、iPASTISTさんのブログ「青春を取り戻せ」の「岡田斗司夫は「世田谷の祖母殺し事件」を誤解している説」に詳しく書かれているので、そちらを御覧ください。

 ここで、上記の引用文を「はっきりと言い切ったんです」までの前半と「文学というのは人の心を」以降の後半に分けることにします。Twitterの文字数制限のために前半だけを含むツイートが多かったこともその理由の一つですが、後半は岡田さんが筒井さんの発言内容を引用しているのか、岡田さん自身の考えを述べているのかが、上記の引用範囲を読んだ限りでは明確に区別できないからでもあります。

 後半が岡田さん自身の考えでないことは、その続きを読めば分かります。

 筒井さんの言葉は、文学者として立派な覚悟です。
 文学者とは、夜中一人で原稿用紙と対話して自分の作品を産み出すことだけに関わり切れる人です。
 でも、アニメを作る人間は文学者じゃありません。作家でもないし、芸術家でもない。
 さっきも言ったように、百人以上のスタッフと関わり合いながら仕事をする人間であり、日常として見せる作品を作っている人なのです。アニメーションの現場で共同作業している人間は、そういう芸術性を保っていられる領域なのかなぁといまだに疑問なんですよ。

〔同上〕

 ここまで読めば、岡田さんの言わんとするところは、だいたい理解できるかと思います。さらに、この続きを読めば、もっとはっきりするでしょう。

 芸術がやりたいなら、別のフィールドがあるはずです。
 アニメは、アニメファンの人たちが、お金を払ってアニメを見てくれたり、もしくはTVでスポンサーがお金を出してくれて無料で放映してくれたりという仕組みのなかで、アニメが好きだという気持ちに寄り掛かって作っているエンターティメントです。
 そういうエンターティメントの中では、最低限の倫理が守られているべきだと思います。

〔同上〕

 どうでしょうか。最初に紹介したツイートやブログで引用された範囲を読んだときとは、ずいぶん違った印象になるのではないでしょうか。

 僕には、岡田さんの『遺言』を読んでブログに引用した人や、そのブログ記事を読んでリブログした人や、それを読んでツイートした人や、それを読んでリツイートした人が何を言いたかったのかまでは分かりません。しかし、その引用文が流布した様子を見る限りでは、岡田さんの意図とはかなり異なる意図が働いていたように思えます。

 さて、筒井さんが本当にそんなことを言ったのかという疑問が残ってしまいましたが、それはまた別の機会に書くことにします。

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このブログのタイトルを変更してみました。

 話は今から30年ほど前に遡ります。あるとき、吉村文庫という友人が「UP」という漫画同人誌に何か描けと言うので、適当にヘタな4コママンガを描きました。で、ペンネームをどうしようかと考えているうちに「紙一重」というのを思い出しました。「紙一重」と書いて「かみひとえ」と読むように見せかけて実は「かみかずしげ」と読みます。その時に思いついたのではなく、こんなこともあろうかと密かに温めていたペンネームでした。

 話を27年ほど飛ばします。そのころ僕は今から30年ほど前に吉村文庫と共作した「テレビまんが20年のたくらみ」というパロディ・カセットをニコニコ動画にアップしようとしていました。で、ニックネームをどうしようかと考えているうちに「紙一重」というペンネームを思い出しました。「紙一重」と書いて「かみひとえ」と読むように見せかけて実は「かみかずしげ」と読む、あのペンネームです。こんなことがあるとも知らずにずっと使いもしなかったペンネームを思い出したのです。でもいろいろ説明するのが面倒だったので、平仮名で「かみ かずしげ」としました。

 そんなこんなで、その半年後ぐらいに急にブログを作ってみようと思いついて、「かみかずしげのたちくらみ」というタイトルを付けました。「たくらみ」と見せかけて実は「たちくらみ」という、ほとんど誰にも理解されることのない一発ネタでした。

 ついさっき、Twitter上で「紙一重」を検索してみたら、いろんな人のツイートがぞろぞろと表示されました。「天才とキチガイは紙一重」とか「馬鹿とアホは紙一重」とか、まあそんな感じの扱いです。ひどいもんです。それでひらめきました。こういうツイートに「紙一重ですが、何か」とコメントしたらどうだろう。「こいつ何者だ?」と思われるにきまってます。でも「kami_kazushige」というユーザー名に気付いた人は興味を持ってくれるかもしれません。それならば、ついでにブログのURLを入れておけば、見にきてくれるかも…。そこで、またまたひらめきました。だったら、いっそのことブログのタイトルを「紙一重ですが、何か」にしてしまえばいいじゃないか。

 われながら天才と紙一重の発想ですね。でも僕はキチガイとも紙一重なので、ブログのタイトルを変えるだけで、「紙一重」を含むツイートをした人にスパムをバラ撒くことだけはかろうじて思いとどまっています。(今のところは)

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 このブログも滅多に更新しなくなってしまったが、たまにしか更新されないからといってウェブページを放っておくと、たまにとんでもないことが書いてあったりするのを見逃すことがあるので油断ならない。

 そんなわけで、吉村文庫の最新作「皆様の安全が一番」が本人のウェブページで公開されているのを発見してしまった。しかも他の作品とは違ってノーカットのようだ。こんなものをアップされてしまってはじっとしてはいられないとか言いながらとりあえず大人しく座って全部見たんだけど、これは大変なことになってしまったと思った。実は見たのが平日の深夜で、もういいかげん眠らなくてはならない時間をとっくに過ぎていたのだ。

 翌日は、アイネ・クライネ・ナハト・ムジークが渦巻く半覚醒状態でどうにか勤務時間をやりすごし、夜はあれこれやってファイルに落した動画を全画面表示で見たりしているうちに気が付いたときにはまた深夜になっている。こんなことをしている場合ではない。

 そんなこんなで結局、吉村に連絡したのは土曜日の夕方になってからだった。メールではどうも読まれないような気がしたので電話をかけた。滅多に連絡しない相手だから、どうしても長話になる。しかし話がつくのは早い。あっけなく転載許可が出た。動画をコマ送りしながら、どうしても分からない元ネタを教えてもらったりなんぞしてるうちに朝になってしまった。というのは嘘で、一旦電話を切ってYouTubeとニコニコ動画にアップした。




 これを一度見ただけで安心してはいけない。元ネタが分かると面白さが倍増するからだ。以前、JALの公式サイトのどこかに掲載されていたそうだが、今はどこにあるのか分からなくなっている。幸いYouTubeとニコニコ動画にアップされていたので見ることができる。



ニコニコ動画:JAL 日本航空 機内安全ビデオ

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 なんと、録画していた人がいたそうです。詳しくはこちら:海外ドラマ・スタッフブログ

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 いきなり裏話で恐縮だが、BS-hiの今年一回目の放送を見た僕はひっくり返ってそのまま冬眠してしまった(*1)。そんなわけで、今後はNHKの放送順を無視して米国での初回放送順(ほぼ制作順)で書いていこうと思う。その前に、放送休止の週に読んでいた活字版の未映像化作品を片付けておきたい。

(*1)なぜって、あの『愛情の計算』ですよ。突っ込みどころが多過ぎて、あれこれ考えてるうちにわけが分からなくなり、頭の頭痛が痛くなってしまったのだ。いずれは何か書きたくなるのだろうが、今はまだ何も思い浮かばない。

 『サーカス殺人事件』(*2)――タイトルを見ただけでわくわくするではありませんか。

(*2)二見書房から2003年4月に発行された未映像化作品だ。訳者あとがきには「本シリーズで『祝砲の挽歌』『策謀の結末』を手がけたベテランのシナリオ・ライター、ハワード・バークが一九七五年末に書きあげた台本(Roar of the Crowd=観衆の歓声)はついに未製作のまま陽の目を見なかった。」とある。

 コロンボが甥っ子を連れてサーカスに行くが、綿菓子とアイスクリームを買ってる間に甥っ子たちが行方不明になる。甥っ子たちに言わせれば迷子になったのは叔父さんの方だ(甥っ子たちが一度も姿を見せないところは実にうまい!)。そんな小事件と並行して、犯人の殺人計画が着々と進行していく…。はい、ここまで! ここから先はキップを買った人しか入れませんよ。

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 このごろしきりにテレビCMで「世界一安全なアドレス」と秘密結社鷹の爪の総統がおっしゃっている「.jp」アドレスのアパウトミーですけれども、このところずっと迷惑な質問が大量に投稿されていて、みなさん相当頭を悩ませているようです。

 迷惑な質問の投稿者以外を次々にコンタクトに登録するとか、迷惑な質問にわざとダミーの回答をして二度と表示されないようにするとか、いろんな手で対処してみても、そのために無駄な時間を費やしている自分にハタと気付いたときの無力感といったら筆舌に尽くしがたいものがあります。

 そんなわけで、もっと根本的に解決しようと思い立って、迷惑な質問を「非表示」にするサイトを作っているところです。

 今はまだ「質問一覧」をただ表示するだけの機能しかできていません(フィルター機能はこれから追加します)けれども、とにかく何をやろうとしているのかを理解していただくために「第二実験室」というサイトで公開しています。

 皆さんの御参加と御協力をお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。

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 今度はどんな犯人が登場するのかという楽しみがある。大金持ちや大スターが犯人になる回は、当然その舞台も豪華であり、その分、舞台裏の陰湿さも際立つ。『毒のある花』では、自ら広告塔となっている化粧品メーカーの社長が殺人犯となる。つまり犯人が(大)金持ちと(大)スターを兼ね備えている(*)わけで、これは相当スキャンダラスな事件になりそうだと期待が高まる。

(*)本当に金持ちとかスターと呼べるかどうかは微妙な線だ。当時はこういう人を指す便利な略語はなかったが、今だったら間違いなく「セレブ」の一言でカタがつく。

 今回は、その社長(もちろんセレブな美人である)が、新製品の成分(もちろん企業秘密である)を他社に漏らした元恋人の研究員(もちろんイケメンである)と激しく口論をした末、ついカッとして殴り殺してしまうという、ワイドショーだったら一ヶ月はネタに困らないだろうというほどの大事件(もちろんCMは全部差し替え)だ。それをいつものようにあの地味な刑事が解決するわけだけれども、今だったら「ロサンゼルスのコロンボ」とか何とかいうキャッチコピーが付いたりすることだろう。(笑)

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 「新型インフルエンザ」と「新政権」の「新」に決まったそうだけど、今の世の中を見回しても、それほど新鮮な感じはない。

 「何でも新しけりゃいいってもんじゃないぞ」という批判的な意味も込められているのでは――というのは考え過ぎでしょうか。

 とか言いながら、このところブログの更新は週一ぐらいになっておりますが、実は裏の方であれこれと企んでいるのです。

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 犯人がある特定の分野の第一人者である場合、一般にはあまり知られていない裏話が聞けることがある。例えば、チェスの世界チャンピオンが「1922年、フランク・マーシャルは155人と同時に対局して、失ったのはわずか8試合だった。しかも、その一週間後には155試合の駒の動きを完全に再現した」というトリビアを披露する。(*)

(*)これが本当の話なのかどうかを調べてみた。フランク・マーシャルというチェスプレイヤーが実在していたことは間違いなさそうだ。どうやらこのトリビアは、同姓同名の映画プロデューサーがいたために、お遊びで挿入されたようだということも分かった。しかし、1922年に155人と同時対局をしたという事実については残念ながら確認できなかった。
 話は逸れるが、どうもどこかで聞いたような名前だと思ったら、最近読んだジョナサン・キャロルの『死者の書』に描かれている作家の名前がマーシャル・フランクだった。苗字と名前が逆になってるから、日本人なら鈴木マツオみたいな感じだろうか?(笑)

 そのようなわけで、今回の犯人はチェスの世界チャンピオン。対戦相手に勝てそうもないと悟って殺してしまうという、何というかどうも身も蓋もない話だ。ところが、対戦相手は重傷を負いながらも一命を取り留める。それを知った犯人は次の一手をどう指すのか…。巨大なチェス盤の悪夢が再現されたかのように、次第に追い詰められていく犯人。そのヒステリックな焦りぶりが見どころだ。

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